第12回:人的資源管理とは何か?
本メルマガでのタイトルにもなっているのですが、HRMという言葉がここアメリカでは最近より頻繁に使われ始めているように感じます。 以前は、HRだけで使われていたのですが、それにManagement のMがくっついてHRMというように云われ始めました。 日本語であえて訳してみますと、「人的資源管理」という訳になるようです。 日本語訳では、英語のHRMに比べてみますと、残念ながら、ちょっと座り心地のよくない訳語になってしまっています。(ですから、日本でもこの訳語は、まったく浸透していない模様で、「人事管理」という呼び方が一般的です。)
私が日本からアメリカに初めて仕事で来た1980年代後半のときには、アメリカ企業の一部ではすでに人事部のことをHR Department と呼んでいました。ですが、1980年代前半までは、恐らくどこの企業でもPersonnel Department の呼び方がまだまだ主流ではなかったかと思われます。 では、1980年代の半ば辺りでアメリカ企業の人事部にはいったいどのような変化の芽が出てきたのでありましょうか。それは、1992年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のゲーリー・ベッカー教授が書いた著作に由来します。
ベッカー教授は、1960年代のコロンビア大学教授時代に“Human Capital: A Theoretical and Empirical Analysis, with Special Reference to Education”という著書を著しました。この著書を契機にして、従業員は企業からの投資によって生産性が高められる資本のひとつなのであり、開発可能な資源、あるいは社会的資産であるとみなす人間観が生まれました。 1960年代においては、このような進歩的な考え方には、多くの抵抗勢力がつきまとい、人間を生産設備である機械のごとくみなすとはいったい何事かという論調がありました。 しかしながら、ベッカー教授のこの主張は、全米のアメリカ企業の中に少しずつ浸透していき、次第に受け入れられるように変わってきました。 そして、その証左としてHuman Resourceという言葉が、アメリカ企業社会の中で市民権を得るようになったのが、1980年代の後半ごろからだということができるのです。
具体的には、それまでのPersonnel Department と比べて大きく変わった点というのは、それまでは労使間の労働協約締結のための調整役であったり、政府機関との交渉窓口機能であったりした、いわゆる労務管理中心のPersonnel Department に変わって、労使は互いに対立するものといった単純な構図ではなく、従業員と管理者との双方向のコミュニケーションや人間関係をより重視していく方向に変わってきたということが指摘できるかと申せます。 それは、やはり時を同じくして、アメリカの業種別に存在する大規模な労働組合が徐々に衰退の道を歩み始め、組合員構成比率も毎年減少の歯止めがかからないといったことと相関関係がありました。
現在のこの未曾有の経済危機の真っ只中にありまして、アメリカの自動車産業が最も顕著なものだといえる所以なのですが、労働組合の強い産業ほど、深刻な経営危機に陥っているのが実情ではないかといえます。 その意味で、アメリカの製造業種全体がかつてない苦境に見舞われているのは事実です。 日系企業は、私の知る限りでは、従業員が労働組合に参画している企業というのは恐らくないのではないかと思うのですが、その点では、アメリカの中あっては経営の自由度が高く、より柔軟にかつ速やかに変革の手立てを打ち出すことができるポジションにあるのではないのでしょうか。
そして、このHR Managementは、調整役や担当窓口であった20年以上も前の人事部と比べて、企業組織内の戦略部門として位置付けがなされているというのも大きな特徴であるといえましょう。 HRのポリシーや社員の採用、教育・育成ならびに解雇などは、企業組織そのものを直接的に強めることもできますし、反対に著しく弱めることもできるものです。 20年以上前には、創業以来ほぼ一貫して終身雇用に近い制度を維持していたIBMなども90年代に入って起きたコンピュータのダウンサイジング現象の嵐の中で、伝統的な人事ポリシーを根底から変える政策に打って出て、企業を倒産の淵から見事に救い出しました。 もちろんそれには、当時のトップ(ルイス・ガースナー)の強靭なリーダーシップと決断とがあったわけですが、それでもそこでHRMが果たした役割というのは、決して小さくなかったわけです。
このような前代未聞の景気後退時期の中で、HRMが果たせる役割というのは、やはり非常に大きなものがあるのではないかと思います。 HRMが強い企業がこの厳しい時代を乗り越えられるひとつの先導役となるようにさえ感じます。 私が申し上げたいのは、何もHRMを通じて組織の人減らしをするだけが能ではないということです。 景気回復までには時間がまだまだかかるのかもしれませんが、いずれ景気は上向きにシフトしてまいります。 そのときを見据えたHRMを今から戦略的に考えていかねばならないのは、云うまでもないことです。 この暗く沈んだ景気低迷期だからこそ、まずはできることをHRMを通じて挑戦なさってみてはいかがでしょうか。
Ken Sakai
President & CEO
kenfsakai@pacificdreams.org
|