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2008年1月号

「翻訳者に必要とされる真の能力」

最近私が日本人の若い翻訳者の方々と接してお話をしていたときに、翻訳者に必要とされる能力とは、どんなことが考えられますかという、きわめて単刀直入なご質問に遭遇いたしました。私は、少々考えた後に、語学力があるということを当然の大前提として、3つの能力に分けられるでしょうねと言って、話を切り出してみることにしました。まずは、文章の読解力、次に常識、そして最後にコンピュータスキルの3つを翻訳者の能力としてあげてみました。

その場はそれで終わったのですが、その夜になって、果たしてその3つの能力だけで本当に十分であったのだろうかという自虐的な思いがベッドの中で突然よぎり始め、目が冴えてきて眠れなくなってしまいました。結局ベッドから起き上がり、忘れないうちにと思い、頭の中をよぎった他の能力についても書き留めまして、ようやく静かなな眠りにつくことができました。

基本的には、先に申し上げましたこれら3つの能力が翻訳者にとって必要不可欠であることに対してまず異論はないものと思うのですが、それでもひとつひとつを検証してみたいと思います。初めに文章の読解力についてですが、それは言うまでもなくオリジナルのドキュメント(翻訳業界では“ソーステキスト”と呼んでいます)についての読解能力ということになります。

ソーステキストに書かれてある文章の意味を十分に理解した上で、翻訳する言語に書き写すことがまさしく翻訳作業そのものになるのですが、翻訳する言語上での表現力というのがここでは新たに問われてくる能力となるでありましょう。つまり、オリジナルの読解力と翻訳言語での表現力は一対の関係となっており、いくら英語の読解力があっても、日本語表現力が貧弱では、やはり翻訳者としては能力上、十分であるとは申せません。

次の常識でありますが、現在のように専門分野がいっそう細分化されてまいりますと、ある専門分野に強い翻訳者というのは、とても貴重な存在であります。このような翻訳者を英語では、Subject Matter Expert(SME)と翻訳業界などでは呼んでいます。しかしながら、ある専門分野においてどんなにSMEである翻訳者がいたにしても世間一般の常識に欠けるような翻訳者であっては、やはりよい仕事が出来る翻訳者ということにはならないでありましょう。その意味で、専門分野と常識とは車の両輪のごとく一対になっていて、共に評価され、それぞれの価値が効果的に発揮されてくるものかと思います。

最後のコンピュータスキルにつきましては、ワードやエクセルができますというのは、言うは易しなのですが、どちらも大変多くの複雑な機能があり、それぞれの機能を十分に使いこなすまでには、相当な熟練度と経験とが必要になります。また、一方で、翻訳途中で調べてみないことにはわからない専門用語や専門技術というものが山のように出てくることがあります。昔ならば、大百科辞典や公立図書館にでも行かなければわからなかった内容でも、今はすべてインターネットのサーチエンジンを使って瞬く間に検索をして、突き止めることが誰でもいともたやすくできるようになりました。

中には「検索の鉄人」と呼ばれるような方もいらっしゃるようですが、検索に関するノウハウやスキルというのも翻訳者にとりましては大変重要な能力のひとつになっています。コンピュータスキルと一口に言いましても、ソフトウエアの持っている機能を使いこなす能力、検索をするノウハウとは、それぞれに奥が大変に深いものがあります。私の経験上ですが、優秀な翻訳者の方々は総じて、コンピュータの達人であると呼べる方がほとんどであるような気がいたします。

最後にこれもすべての翻訳者にとっては大前提でありますが、気力、体力そして忍耐に勝るものはないのではないかと考えます。翻訳は限られた時間の中で行われる作業でありますから、常に時間との戦い、納期との戦いということになります。最近特にIT関係の分野では、短納期、大ボリュームというのが翻訳業界の趨勢となってまいりまして、仕事がくればもうその段階で、ストップウォッチを持って、スケジュールを組んでハイ、ヨーイドンという感じの有様です。それは製品サイクルがますます短くなり、開発から生産までのリードタイムのいっそうの短縮、そして一刻も早く市場に製品を投入し先行者利益を得なければならないという使命が企業サイドの至上命題になっているからにほかなりません。

それでは、翻訳するスピードの速いことも重要な能力になるのでしょうか。それは、YESでもあり、NOでもあると言えます。人間である以上、当然スピードが上がれば、見落としも増えますし、品質が犠牲になります。しかし、スピードは遅いよりは速い方がよいにきまっています。スピードを速くするためにソフトウエアの機能を使って、人間がやるよりもコンピュータにまかせてやってくれた方がはるかに速くて確実な場合には、コンピュータにその作業をやらせて、そこの部分でスピードを大いに稼ぐわけです。

この辺のスキルは、今後翻訳者として生き残っていくためのますます重要なノウハウになってくるものと予想できます。そうでないと、翻訳の仕事までもが中国やインドにすべて行ってしまうということになりかねないからです。現在、そのような兆候もすでに相当現れてきているといえます。翻訳者の真の能力とは、グローバル規模における大競争時代の中であっても十分通用することのできる、真にグローバルな能力であるといえるのかもしれません。


Ken Sakai
President

kenfsakai@pacificdreams.org

   

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